2018年10月21日

まさか、母が脳梗塞になるとは(3)

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まさか、母が脳梗塞になるとは(1)

まさか、母が脳梗塞になるとは(2)








転院前に発覚したこともいろいろある。

もしかしたら、高齢者あるある?

かもしれないので、記録しておく。


思い込みの激しかった母は、自分が心臓が弱いと信じていた。

市販薬のCMもやっている「救〇」を愛用していた。
(この薬、かなり高価)

また、骨も弱いと信じていた。

救急指定病院で、様々な検査をしたところ、
心臓は悪いところがなかった。

骨も骨密度は年相応だった。


心臓が弱い...ってなんだったんだろう?と思っていた。


自己判断ほど怖いものはないかもしれない。


リハビリ病院では、理学療法、作業療法、言語療法の3つを
1週間の午前、午後に行うことになった。

リハビリ病院は、法律で決まっているのが、
食事は食堂(または食堂に準じる場所)にて、
入院患者みんなで取ることだった。

人とかかわるのが好きではない母だったので、
ちょっと心配をしていたが、何とかなった。

このリハビリ病院に入院している間に
介護判定もしてもらった。

結果は、要介護3。
1年後にまた更新がある。
(2017年のことなので、今年の更新は終わっている。
次は、2年後。)

要介護3になったことで、老人保健施設や特別養護老人ホームへ
入所が可能となった。

不幸中の幸いは、認知症がなかったこと。
頭だけはしっかりしすぎている。

しっかりしすぎているので、まだまだ振り回されることにもなる。

リハビリの間も病院なので、CSセットを頼んでおいた。
そうしなければ、洗濯物が大変だと思ったので。
パジャマや普段着、それらがCSセットには含まれている。

(今は施設なので、洗濯物が大変である。)

リハビリはほぼ毎日のように行われた。
理学療法では、車いすから立てるようになること。
作業療法では、左手で日常生活をできるようになること。
また、右手も少し使えるようにすること。
言語療法で、少しでも言葉が出るようになること。

リハビリ計画書は、病院から渡されるので、
家族も把握できる。

そして、期限を迎える前に施設を探さなければならないので、
様々な施設へアポを取り、見学をし、仮申し込みをすることになる。

その話は、また、続きで。

なぜ、施設に行くことになったかも合わせて書きます。

posted by ののえり at 12:32| 愛知 ☀| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月01日

まさか、母が脳梗塞になるとは(2)

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まさか、母が脳梗塞になるとは(1)








救急車で病院へ運ばれた日から入院となった。

最近の病院は便利なもので。
お金を払えば、「CSセット」なるものがある。

タオル、スリッパ、パジャマ、湯飲みなどがセットになっているものだ。

タオルやパジャマは毎日変えてくれる。

これがあれば、用意するものは...と、
病院の資料を見ながら急いで買いに行くことはしなくていい。

ただ、母の場合は24時間点滴で動けなかったので、
おむつと尿取りパッドは、即用意しなければならなかった。

確か、ほぼ次の日くらいだったか?に、コーディネーターの人と話をする。

今後のプランなどについて。

まずは、脳梗塞発症後に危険とされている1週間が過ぎれば、
病院を転院することになる。

救急病院なのでいつまでいられないと。
そこで、コーディネーターさんと話しながら、
近くのリハビリ病院へ転院をすることにした。

さらに、「世帯分離」を勧められた。

その時は、主人が世帯主の同一世帯だったため、
医療費が莫大にかかってくると。

そこで、母を世帯主として分離することで、医療費などを
抑えることができるようになると教えてくれた。

早速、役所へ行き、手続きを行う。
これで、医療費上限が発生することになる。

転院は、入院から2週間後になった。
介護タクシーの手配もコーディネーターさんが行ってくれた。

結局、母は、
○右半身麻痺
○失語症
となった。

少しでも左手を使えるようにすることと、右手を補助的にも
動かせるようにする、両足で立つことができるようになる、
日常会話はある程度できるようになる。

など、リハビリをしなければならないことがあった。

次のリハビリ病院は、最長で180日間までしかいられない。
そこで、次の落ち着き先を探すことになる。

posted by ののえり at 14:50| 愛知 ☀| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月29日

まさか、母が脳梗塞になるとは(1)







2017年のできごとです。

2017年8月初旬

7月下旬頃から、母が足が痛いと訴えてきた。
原因は、動きすぎたからと本人は言っていた。

筋肉痛ならそのうち治るだろうと思っていた。

ところが、翌日、まだ治らない。
右足を引きずって歩く。

そのまた次の日、まだ治らない。
右足を引きずるだけでなく、力も入らないようだ。
しかも、様子がおかしい。

立てなくなってきている。


トイレに行くにも立つことができない。

これは、おかしい。
でも、本人が言うように筋肉痛なら
治ってもいいはずだが。

と、思ってはいたが、このままではどうしようもないので、
救急車を呼ぶと告げた。

自分が車に乗せて運ぶことは到底無理だからと判断したので。

救急車を呼ぶときに「右足筋肉痛で立てない」と告げた。

しかし、救急隊の方には、母は「右足は痛くない」と言い出した。

「なぬ?筋肉痛って言っていたのに」と私は一瞬考える。

救急隊の方から、救急車に同乗するように言われた。
車内で、書類を書いているうちに病院へ到着。

早速、検査が始まる。

待つこと約3時間。
救急の診察室へ呼ばれる。

そこで、初めて脳梗塞であることを告げられる。
CTの写真を見ながらの説明。
毛細血管がじわじわと詰まっていくタイプ。
発症してから2,3日経過していると言われた。

確かに、3日ほど前から異常を「筋肉痛」として訴えていたが。

麻痺しているなら麻痺していると言ってくれれば、
もっと早く対処できたのにとは思った。

この日から、状況が一変。
落ち着くまでに時間がかかることになるのであった。

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posted by ののえり at 20:32| 愛知 ☔| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする